SFマガジン7月号:伊藤計劃『屍者の帝国』
フランケンシュタインの技術が確立され、屍体が労働力として使役されることが当然となった19世紀の英国を舞台にした歴史改変諜報モノ……になる予定だった『ドラキュラ紀元』ならぬ『フランケンシュタイン紀元』とも言うべき作品。
ヤング・ワトソンがヘルシング教授からフランケンシュタイン技術の講義を受けていたり。 馬車の中の会話で軍医の研修先としてアフガニスタンがあげられてたり。 政府国家の為に働いている“M”の人が登場したり。 モンタギュー街で探偵業をはじめたばかりの某天才的頭脳の持ち主の存在がほのめかされたりと、「試し書き版」ながらも初手から心躍るシーンの連続。 ボクの好きなものしか入ってないよコレ!的な。
ゴシックホラー仕立てに見えて、ガジェットの扱い方/世界の手触り/作品構成は純然たるサイバーパンクというあたりも実に伊藤計劃さんらしくてニヤニヤ。 「擬似霊素を死者にインストール」とかそのまま過ぎる。 や、本編には絶対使われなかったであろう台詞回しだとは思いますけどね。 あと、以前はてな日記の方で 『漆黒のシャルノス』 を取り上げたときに歴史改変モノの創作姿勢について書かれていたのは、この『屍者の帝国』の構想を抱えていたという理由もあったんだろうな、と思ったり。 時代も舞台も登場人物もほとんど丸被りだものなあ(そもそもリスペクトしているのが『ディファレンス・エンジン』ですしのう)。
未完どころか序章すら始まっていない遺稿/作品ではありますが、この後に続くヤング・ワトソンの活躍/先行きに思いを馳せるだけでも十分に楽しい物語と言えるのではないでしょうか。
打海文三さんの『覇者と覇者』といい、伊藤計劃さんの『屍者の帝国』といい、私があの世に行った時には是非とも続きを読ませて頂きたい作品がまた増えました。 うん。 死んだ後も読む本に困る事はなさそうですわね。
そういや夢野久作さんの『犬神博士』 も続きあるのなら読んでみたかったのですよねえ。 誤解をおそれずに言うならば「楽しみ楽しみ」じゃて。